零戦の光と影

中国大陸を席巻し、世界最強とまで言われた零戦ですが、1g単位で削られた軽量化はのちに最大の弱点となります。

真珠湾攻撃を成功させ、東南アジアの島々の空に縦横無尽に翼をのばす零戦でしたが、アメリカでは前項で述べたように有色人種にそのような戦闘機を設計することは不可能であると考えていたため、初戦ではことごとく零戦の餌食になっていました。優れた機体性能に加え、その長大な航続距離でどこからともなく現れる零戦に対し、ついにアメリカ軍は零戦の脅威を認め、3つのネバー、つまり零戦に対してしてはいけない項目を全軍に通達しました。

その内容は、 零戦と旋回戦をするな。背後をとれない場合、低速域で戦闘をするな。上昇中の零戦を追うな。この3つです。優れた旋回性能をもつ零戦は格闘戦になった場合、容易に相手の後ろをとることができます。この3つのネバーが通達される前は、この戦法にアメリカ軍は手も足も出ずに撃墜されていました。しかしこの3つのネバーが通達されると、アメリカ軍ではある疑問が生じます。戦闘を避けるために急降下でやり過ごそうとすると、今まで執拗に後ろを追いかけ回していた零戦が、どういうわけか追ってこないのです。これは零戦がアメリカ軍に鹵獲され、性能テストを実施したことで明らかになります。

零戦は、過度の軽量化によって機体強度が高くないために、急降下による速度超過で翼が折れてしまうことがわかったのです。そのためアメリカ軍は零戦に対抗できる唯一の戦法、サッチウィーブと呼ばれる一撃離脱戦法を徹底しました。一撃離脱戦法とは、敵の上空から高速度で一撃をくわえ、そのまま抜き去って敵との距離を取る戦法です。すると零戦は、今度はこちらがなす術なく撃墜されていきました。ここにきて初めて零戦が無敵ではなくなったのです。

再び空いてしまった戦闘機の性能の溝を埋めるべく、零戦をその都度バージョンアップさせていきましたが、ついには零戦が上回ることはありませんでした。海軍は陸上運用を想定した局地戦闘機雷電紫電改を投入し善戦しましたが、硫黄島サイパンから飛び立つ敵の戦闘機を邀撃するので手一杯で、敵の領地へ再び攻め込む力はもうありませんでした。

こうして零戦は、時代を先取りした最高の戦闘機である一方、時代に取り残された悲しい戦闘機となってしまいました。次回は日本の空を守るべく終戦まで活躍し、零戦と同じ堀越技師が開発した雷電についてご紹介します。